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人が何かに文句言いたくなった時に、咄嗟に自分の内側を見に行けるスキルというかリテラシーが広まるといいな。NVCもその一つだし、メンタルモデルもそのひとつでもある。とかく人は不快に反射的に反応してしまいがちなのでその奥を見て自分のニーズや痛みに繋がれるといいのになぁ。

XP白本読書会を終えた人向けに参考文献を語りたい。できれば平鍋さんとペアでやれるとよいなぁと勝手に妄想。平鍋さんが正統派(エンジニアリング、マネジメント系)で、僕はそれ以外派(パーマカルチャー、パタン・ランゲージ、メタファー、アーミッシュと私、NVC)でだいぶ網羅的役割分担が可能。

久しぶりに歯医者にいったら新型コロナ初期の全員フェイスガードの防御態勢が和らいでたな。心配だった虫歯も最小限で済んでたみたい。多少歯石はついていたが「キレイでよかったね」と言われて一安心。知覚過敏は象牙質の露出が原因だと教えてもらいシュミテクトの試供品もらった。歯茎復活させよう。

日本のスクラップビルド思想にはほんと嫌気がさすのだけど、これも木材主体で災害も多くてゼロから何度も作ってきた歴史的経緯があるからなんだろうなと理解しようとしているが、やはり嫌悪感が強い。いのちを大事にしてない感じがするから。他方、諸行無常だからスクラップビルドできるのかもな。

詰め物が取れてしまったので歯医者に行く。歯だけは削ってしまったら後で鍛えても元に戻らないのでほんと不可逆な感じで残念だ。。。

吉野家の件、興味ないので調べてなかったけど、要は顧客のことを親身に考えたという意識から生まれた行為なのか、自社の利益を増大させたいという意識から生まれた行為なのか、そこに尽きるのではという気がしている。

「苦手なことに対峙して克服して普通の人以上にできるようになりました」と「苦手なことから逃げまくって得意なことに注力して成功しました」というのはドラマとしてどちらが共感得るのだろう?もしくは反感を持たれるのだろう?という疑問が湧いた。結局答えは視聴者の内側の世界にあるんだけどね。

カイゼンって言葉を使いながら、もはや自分は別の意味で使っていることに気づいた。調和をとり続けるという意味でカイゼンという言葉を使っている。無限の成長とかより良いということでなく、常にいきいきとした状態を保ち続けるための調和の取り組み。新しい言葉が欲しい。

学ぶ、成長する、それが何かの回避行動になっていないか?前向きに何かをしてると思ったら、それが単なる痛みからの回避だと気づいた時の残念さよ。いいも悪いもないからどちらでもいいんだけど、自分が正当化して逃げてるのに気づいたら衝撃的だよね。

全ての人が自分に対して「ねばならない」と考えるのをやめて「〜したい」と考えるようになったら世界は平穏に包まれそう。

今年のGWはすこし遊べるきがするので、どこかで久しぶりに四国のみちでも走りに行きたい。東予まだ完走してないので小松から三角寺あたりまで行こうか?身体が持つかはわからない。

朝から畑で草引きやらあれこれして、午後に庭の畑で草引きやらあれこれしたら、それだけで疲れてしまった。動いてないようで12000歩くらい歩くからなぁ。久しぶりの日光の下での作業は体力消耗するね。先週11時間以上山の中ウロウロしてたんだけどなぁ。

IBEXの松山-仙台便は3月で無くなったけど、広島-仙台便はまだあるのか。東京経由、大阪経由、広島経由のどれが一番楽なのだろう?5月くらいからまた松山-仙台便復活しないかなー。

そういえばKindle Oasisが行方不明になってから結構経つのでそろそろ探さないとなぁ。スマホやiPadで読むのはやっぱり目が辛い。

ナイチンゲールさんの言葉はどれもこれも強いし凄みがある。顔写真をいかついおっさんに変えても通用するくらい。特に健康と病気の定義が素晴らしい。https://nightingale-a.jp/words-of-nightingale-edit/